腫物草子 四
わたしを腫物にするとき
かれはおびえた顔をするのです
腫物にするのは
恐れているからなのかもしれません
腫物草子 四
わたしを腫物にするとき
かれはおびえた顔をするのです
腫物にするのは
恐れているからなのかもしれません
採録・初出
私を腫れ物にする時、彼は怯えた顔をするのです。腫れ物にするのは、恐れているからなのかもしれません。
— TarCoon☆CarToon (@TKMS_all4A) October 15, 2024
散文詩自註|邑井らに
人を恐れるとき、私たちは、できるだけその人に近づかないようにします。
何を言えば怒らせてしまうのだろう。どんな態度を取れば傷つけずに済むのだろう。あるいは、何もしない方がよいのではないか。そんなことを考えているうちに、相手との間に、少しずつ距離ができていきます。
それは、自分を守るための、ごく自然な振る舞いなのかもしれません。
けれども、恐れられている人の側から見ると、少し違った景色が見えることがあります。
この一葉では、「かれはおびえた顔をするのです」と書きました。
私は、この表情が気になっています。
彼は私を腫物として扱っているのに、その彼自身が、何かに怯えているのです。
腫物にされるというと、私たちは、腫物にされた人が傷つき、腫物にする人が相手を傷つけている姿を思い浮かべるかもしれません。けれども、実際に人と人とが向き合う場面では、そのようにはっきりと役割が分かれていないことがあります。
彼は、私を傷つけようとしているのではないのかもしれません。
むしろ、私を傷つけることを恐れているのかもしれませんし、私から傷つけられることを恐れているのかもしれません。あるいは、私との間に何か問題が起きてしまうことそのものを、恐れているのかもしれません。
そう考えると、彼の振る舞いは、単なる冷たさではなくなります。
私を遠ざけることが、彼にとっては、何かを守るための行為になっている可能性があるからです。
ただ、ここで考えなければならないのは、彼が何を恐れているかということだけではありません。
その恐れによって、私がどのように扱われるようになったのか、ということでもあります。
彼が私を恐れているからといって、私が恐ろしい人間であるとは限りません。
彼が私を傷つけまいとしているからといって、私が傷つかないとも限りません。
彼にとっては慎重な配慮だったものが、私にとっては、自分だけが周囲から遠ざけられていく経験になることもあるのでしょう。
ここには、少し悲しい行き違いがあります。
彼は私を傷つけないようにしているつもりなのに、私は彼の態度によって傷ついているかもしれない。そして、私が傷ついたことを知れば、彼はますます私を恐れるようになるのかもしれません。
そうして、気を遣うほど距離ができ、距離ができるほど、何を考えているのかわからなくなっていく。
本当は何かを話すことで解けたかもしれない誤解も、話しかけることを恐れているあいだは、そのまま残ってしまいます。
けれども、私は、恐れることそのものを悪いことだとは思いません。
人には、それぞれ恐れているものがあります。過去に傷ついた経験があるかもしれませんし、今は誰かと向き合うだけの余裕がないのかもしれません。相手から離れることによって、ようやく自分を守れる場合もあるでしょう。
だから、恐れている人に向かって、恐れるなと言うことも、私にはできません。
誰かと関わることを強いるのも、また別の苦しみを生んでしまうからです。
ただ、恐れていることと、相手を腫物として扱うことは、必ずしも同じではないと思うのです。
怖いから距離を置くことと、怖い相手だから腫物なのだと考えること。
この二つの間には、小さいけれど、大切な違いがあります。
前者は、自分の感じている恐れについてのことです。後者は、その恐れを理由に、相手がどのような人間であるかを決めてしまうことです。
私が怖いと思ったからといって、相手が恐ろしい人間だとは限らない。
それなのに、私たちは、ときどき、自分の感情を根拠にして、相手の性質まで決めてしまうことがあります。
第一葉では、私を腫物にしている彼自身が、腫物なのかもしれないと考えました。
第二葉では、私もまた、彼を腫物にしているのかもしれないと考えました。
そして第三葉では、そのような関係のなかで、私が自分の存在を実感できなくなることについて書きました。
第四葉では、もう一度、彼の側へ目を向けています。
私を腫物にしている彼は、いったい何を感じているのでしょう。
ここで私に見えているのは、彼の表情だけです。
私は彼の心の中を見ることができません。怯えているように見えた顔も、本当は戸惑っていただけなのかもしれませんし、私とは関係のないことを考えていたのかもしれません。
だから、この一葉も「恐れているからなのです」とは書いていません。
「恐れているからなのかもしれません」と書きました。
私は、その違いを残しておきたいのです。
彼が私を腫物にした理由を知りたいと思うことと、その理由を私が決めてしまうことは、違うからです。
そして、もう一つ、気になることがあります。
もし、彼が私を恐れているのだとしたら。
私は、そんな彼の怯えた顔を見て、何を感じているのでしょう。
傷ついているのでしょうか。腹を立てているのでしょうか。それとも、彼にそんな顔をさせてしまう自分を、恐れているのでしょうか。
彼の恐れを見つめていたはずなのに、いつの間にか、私自身の恐れについて考えていることに気づきます。
腫物にする人も、腫物にされる人も、何かを恐れているのかもしれません。
けれども、同じように恐れているからといって、同じように傷ついているとも、同じ責任を負っているとも限らないでしょう。
それぞれの恐れには、それぞれの理由があります。そして、その恐れが相手にもたらすものも、きっと同じではありません。
だからこそ、私は、彼のおびえた顔を見たということだけで、彼のことをわかったつもりにはなりたくないのです。
彼が私を腫物にしているとき、そこに見えているのは、本当に私という腫物なのでしょうか。
それとも、彼が恐れている何かを、私という人間の姿に重ねて見ているのでしょうか。
その答えを、私はまだ知りません。
ただ、私を腫物にする彼の顔が、怯えているように見えたのです。
(邑井らに)
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くずし字による表現について
『腫物草子』では、現代の日本語で書かれた詩を、古活字によるくずし字で表現しています。
これは、古い書物の姿を借りて、現代の言葉を過去のものに見せようとする試みではありません。むしろ、私たちが普段何気なく読んでいる言葉も、その姿が変わるだけで、まったく違うものに見えてしまう。そのことに目を向けるための試みです。
見慣れない文字を前にしたとき、私たちはそこに書かれていることを、すぐには理解できません。けれども、読めないからといって、そこに意味がないわけではありません。文字が変わっても、語られていることまで変わったわけではないのです。
『腫物草子』が描く「腫物」もまた、誰かに初めから備わっている性質とは限りません。見る人が変われば、見え方も変わる。関わり方が変われば、それまで腫物とされていたものが、そうではなくなることもあるでしょう。
もちろん、文字が読めないことと、人が腫物として扱われることは同じではありません。ただ、私たちが何かを理解できないとき、その理由を対象そのものに求めてしまうことはないでしょうか。
くずし字による表現は、そのような認識のあり方を、文字を読むという身近な行為から問い直すものでもあります。
本作では、古活字画像を用いて現代日本語をくずし字に変換する「そあん(soan)」を使用しています。現代表記の本文も併記し、二つの文字の姿を行き来できるようにしました。
読めなかった言葉が読めるようになるとき、そこに書かれていたものは変わっていなくても、私たちの見え方は少し変わっているのかもしれません。
そあん(soan)

本作のくずし字画像の制作には、ROIS-DS人文学オープンデータ共同利用センター(CODH)が公開する「そあん(soan)」を使用しました。
「そあん」は、江戸時代初期の「嵯峨本」に用いられた古活字を素材として、現代日本語の文章をくずし字画像に変換できるサービスです。
古典籍に残された文字をデジタル技術によって組み直し、現代の言葉に新たな姿を与えることができます。
そあん(soan)
そあん(soan)は、現代日本語テキストをくずし字画像に変換し共有できるサービスです。日本の出版史上もっとも美しい書物の一つと言われる「嵯峨本」の古活字を素材として、誰もがデジタル組版できるソフトウェア/サービスを提供します。
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