お菓子のたとえ 5

「お菓子作ったから食べて!」
って言われた

時間をかけて味わって
感想を伝えた

「そっか」
って言われた

また新しいお菓子を渡された

「食べてくれてありがとう
ぐらいはないの?」
って聞いたら

「他の人にも配ってるし
レシピを全部教える義務はないよ」
って言われた

レシピは聞いてない

つらい。

お菓子のたとえ 5

「お菓子作ったから食べて!」
って言われた

時間をかけて味わって
感想を伝えた

「そっか」
って言われた

また新しいお菓子を渡された

「食べてくれてありがとう
ぐらいはないの?」
って聞いたら

「他の人にも配ってるし
レシピを全部教える義務はないよ」
って言われた

レシピは聞いてない

つらい。

初出投稿

解説|求めていない答えが返ってくる

誰かに何かを差し出されたとき、私たちはそれを受け取るだけでなく、そこに込められた思いにも応えようとすることがある。相手が時間をかけて作ったものなら、なおさらだろう。この作品の語り手もまた、差し出されたものを丁寧に受け取り、時間をかけて味わい、感想を伝えている。そこには、相手の求めに応じようとする、ごく自然な誠実さが感じられる。しかし、その誠実さが相手にどう届いたのかは、最後まではっきりしない。

「そっか」。返ってきたのは、たった一言だった。この言葉自体に、何か問題があるわけではない。相手は感想を聞き、納得したのかもしれないし、どう返せばよいのかわからなかったのかもしれない。ただ、語り手が時間をかけて応じたことに比べると、その返事はあまりにも短い。そして、間を置くこともなく、また新しいものが差し出される。作品はこの繰り返しを淡々と描いているが、そこには少しずつ積み重なっていく疲れのようなものが感じられる。受け取るたびに向き合い、考え、言葉を返す。その一方で、自分の応答がどのように受け止められたのかは、よくわからないままなのである。

ここで語り手は、初めて相手に問いかける。「食べてくれてありがとう、ぐらいはないの?」。この言葉は、感謝を要求しているようにも読める。実際、ありがとうという言葉は、求められて口にするものなのだろうか、という疑問も残る。しかし、ここまでの経緯を振り返れば、語り手が欲しかったのは、単なる礼儀としての感謝ではなかったように思う。自分が相手のために費やした時間や、求めに応じて言葉を返したという事実が、相手にも届いていると感じたかったのではないだろうか。感想を伝えるという行為は、一方的に情報を差し出すことではない。そこには、その言葉を受け取る相手がいるという期待も含まれている。

ところが、相手から返ってきたのは、思いがけない反論だった。「他の人にも配ってるし、レシピを全部教える義務はないよ」。ここで、それまでの会話は突然、別の方向へ進んでしまう。語り手が尋ねたのは、自分の応答に対する感謝についてである。しかし、相手は配布する対象の広さや、情報を開示する義務の有無について答えている。どちらも、それ自体は考える余地のある話なのだろう。ただ、少なくとも語り手の問いへの直接の答えにはなっていない。まるで、同じ会話をしているはずの二人が、いつの間にか別々の問題について話し始めてしまったかのようである。

とりわけ「義務はない」という言葉は、この作品の不条理を考えるうえで興味深い。たしかに、人には何をどこまで伝えるかを自分で決める自由がある。しかし、義務がないことと、相手が何を求めているのかを理解しようとすることは、別の問題である。語り手は相手の自由を制限しようとしていたのだろうか。それとも、これまでのやり取りに対して、もう少し何かが返ってきてもよいのではないかと感じていただけなのだろうか。作品はその境界を明確にはしない。ただ、感謝についての問いが、いつの間にか権利や義務についての議論へと置き換えられてしまったことを示している。

こうしたすれ違いには、TarCoon☆CarToonが考えてきた、言葉を引き受ける責任とのつながりも見いだせる。言葉は一つずつ独立して存在しているわけではない。それまでにどのようなやり取りがあり、相手が何を伝えようとしているのかによって、同じ言葉でも異なる意味を持つ。自分の発言が正しいかどうかだけでなく、その発言が相手の言葉にどう応じているのかを考えること。そこにも、人と人との関係を続けていくための責任があるのかもしれない。

また、この作品は「寛容∥自己抑制∥不文律」という標語にも、ささやかな問いを投げかけている。誰かに感想を求めることも、それに応じることも、必ずしも義務ではない。感謝を伝えることについても同じだろう。しかし、明文化された義務がないからといって、人間関係のなかで何も求められないわけではない。相手が自分のために時間を使ってくれたことに気づくこと。その言葉を、自分の言いたいことに置き換えずに受け止めようとすること。そうした小さな配慮は、規則として定めることが難しいからこそ、互いの想像力に委ねられているのではないだろうか。

もっとも、作品に登場する相手が、語り手の労力を軽んじていたとまでは言い切れない。感謝を別の形で表していた可能性もあれば、語り手の問いを違う意味に受け取ってしまっただけなのかもしれない。そして、語り手自身も、相手にどこまでの応答を期待してよいのか、迷っていたように読める。だからこそ、この作品は単なる礼儀の欠如を批判する話には収まらない。互いに言葉を交わしているにもかかわらず、その言葉が相手のいるところへ届かないという、もう少し厄介な問題を描いているのである。

最後の「レシピは聞いてない」という一文は、どこか可笑しく、それでいて寂しい。語り手は、求めてもいないものを拒まれている。しかも、その拒絶に対して何かを説明し直そうとすれば、今度は自分が何を求めていたのかを、最初から語り直さなければならない。時間をかけて応じたはずの相手に、今度は自分の気持ちを理解してもらうための時間まで必要になるのである。

「つらい。」という結末には、感謝されなかったことへの不満だけではなく、何度言葉を交わしても、肝心なところですれ違ってしまう疲れが滲んでいるように思う。語り手は相手の求めに応じた。しかし、自分が何を求めているのかは、うまく伝わらなかった。誰かの言葉に応えることと、誰かの言葉を受け止めることは、似ているようで、同じではない。 そのわずかな違いが埋まらないまま、二人の会話は終わってしまう。そこにはまだ、伝えたかったことが残されているように思える。

(邑井らに)

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