お菓子のたとえ 2

「勝手にお菓子食べたん悪かったな〜」
って言われた
反省してるので許すことにした

別の日
オイラのお菓子を勝手に食べながら
また
「この前
勝手にお菓子食べたん悪かったな〜」
って言われた

つらい。

お菓子のたとえ 2

「勝手にお菓子食べたん悪かったな〜」
って言われた
反省してるので許すことにした

別の日
オイラのお菓子を勝手に食べながら
また
「この前、勝手にお菓子食べたん悪かったな〜」
って言われた

つらい。

初出投稿

解説|過去を謝り、現在を繰り返す

謝罪とは、過去の行為を振り返る言葉である。しかし、それを受け取る側は、言葉の先にある未来にも、何らかの変化を期待するのではないだろうか。この作品で描かれているのは、その期待が宙に浮いてしまう、人間関係の奇妙な不条理である。

語り手は、相手の謝罪を反省の表れとして受け止め、許すことにする。ところが、別の日、相手は再び同じ行為に及んでいる。しかも、その最中に前回の出来事を謝罪しているのである。「この前、勝手にお菓子食べたん悪かったな〜」。この「この前」という言葉が、どこか滑稽に響く。過去の行為を悪かったと認めながら、現在の行為はまるで別の話であるかのように続けられている。謝罪という正しいはずの行為が、目の前の矛盾と何の抵触もなく成立してしまっているのである。

もっとも、相手の反省が嘘だったとは限らない。作品はその内面について何も語っていない。ただ、謝罪を受け入れたにもかかわらず、同じことが繰り返されている。相手は悪かったことを覚えているらしい。それなのに、何も変わっていないように見える。語り手にとっては、もはや何を求めればよいのかさえ、わからなくなるような状況だろう。

ここには、TarCoon☆CarToonの責任観との接点がある。責任とは、過去について正しい態度を示すことだけではなく、その過去を引き受け、次の選択へとつなげていくことでもある。また、語り手が一度相手を許していることには、人を過去の過ちによって固定しない寛容もうかがえる。しかし、許すことと、同じ行為を受け入れ続けることは違う。赦しは関係を選び直す余地を生むかもしれないが、相手に代わって次の行動を選ぶことまではできないのである。

最後の「つらい。」は、相手への断罪でも、反省を求める言葉でもない。謝罪はすでになされている。語り手もそれを受け入れている。それでも、目の前では同じことが繰り返されている。謝罪することと、謝罪したことを生きることは、同じではない。 その隔たりを埋める言葉が見つからないまま、ただ「つらい。」という感情だけが残されている。

(邑井らに)

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