お菓子のたとえ

「今度お菓子あげるね!」
って言われた
結局もらえなかった

とても楽しみにしてたのに
その約束は果たされるぬまま
また
「今度お菓子あげるね!」
って言われた

つらい。

お菓子のたとえ1

「今度お菓子あげるね!」
って言われた
結局もらえなかった

とても楽しみにしてたのに
その約束は果たされるぬまま
また
「今度お菓子あげるね!」
って言われた

つらい。

初出投稿

解説|約束が生み出す期待と、その行方

この作品で描かれているのは、お菓子をもらえなかったことへの不満ではない。むしろ、何気なく交わされた約束が、一方にとっては些細な言葉であっても、もう一方にとっては未来を楽しみにする理由になっていた、という認識の隔たりである。

「今度お菓子あげるね!」という言葉は、それ自体、何の変哲もない好意の表現である。具体的な日時も決まっておらず、厳密な契約が成立したわけでもない。しかし、約束を受け取った側には、その瞬間から小さな期待が生まれる。まだ手にしていないお菓子は、すでにその人の未来の一部になっているのである。

ここで注目すべきは、同じ言葉が二度繰り返される構成だろう。

最初の「今度お菓子あげるね!」は、純粋な喜びをもたらす言葉として登場する。ところが、約束が果たされないまま再び発せられた同じ言葉は、もはや最初と同じ意味を持たない。言葉そのものは変わっていないにもかかわらず、それまでの経緯によって、その響きが変質してしまうのである。

これは、人間関係において言葉が単独で存在しているわけではないことを示している。発言は、それ以前の言動と切り離すことができない。初めて交わされる約束と、果たされなかった約束の後に交わされる約束とでは、たとえ文面が同じであっても、その意味は異なる。

もっとも、約束を果たせなかったこと自体が、直ちに不誠実さを意味するわけではない。事情が変わることもあれば、忘れてしまうこともある。お菓子を渡す側にも、それぞれの事情や自由があるだろう。

しかし、ここで問題になっているのは、約束が実現しなかったという結果だけではない。相手がその約束を楽しみにしていたかもしれないという可能性が、次の言葉に反映されていないことである。

約束することは、未来について語ることであると同時に、その未来に他者を招き入れることでもある。そして、一度生まれた期待は、約束した本人が忘れてしまったからといって、相手のなかからも消えるとは限らない。

作品の最後に置かれた「つらい。」という一文は、相手を非難するものでも、約束の履行を要求するものでもない。ただ、期待を抱いた側に残された感情を示している。

この結末によって、作品は約束を守るべきだという単純な教訓には回収されない。むしろ、善意から発せられたはずの言葉が、なぜ人を傷つけることになるのかという問いを読者に残す。

お菓子は、もらえなくても生きていける。しかし、楽しみにしていた気持ちは、なかったことにはできない。

この小品が描いているのは、失われたお菓子ではなく、果たされなかった未来を、ひとりだけ覚えていることの寂しさなのである。

(村井らに)

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