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研究の芯は消えない 届ける側に立って生きやすさを支える仕事 ──専門を越えて活きる力:博士課程から製薬会社メディカルリエゾンへの挑戦を読んで

「専門」という言葉が、いつの間にか“所属”や“正しさ”の証明書みたいに扱われる時代に、オイラたちは何を「その人の芯」として拾い直せるのだろうか。これまでやってきたことと、いまやっている仕事がぴったり一致していないとき、人はすぐに「遠回り」だとか「脱線」だとか言い出す。でも本当は、そのズレの中にこそ、消えないものが残っているんじゃないか。そんなことを考えながら、ひとつの文章を受け取った。メッセージは短い。「オイラに見てもらえたらええんや!」。そこに添えられていたのは、長い時間をかけて積み上げてきたことを、別の場所で、別の役割として引き受け直していく人の歩みだった。過去が“役に立つかどうか”ではなく、過去がどうやって“生き直されるか”。何を捨てずに持ち運び、何を新しく引き受けるのか。その選び方には、派手さはないのに、なぜか安心させる強さがある。オイラはその歩みにうなずきながら、TarCoon☆CarToonとしての感想を綴りました。

*この記事は、嶋田奈実「専門を越えて活きる力:博士課程から製薬会社メディカルリエゾンへの挑戦」への感想記事です。
まずは、ぜひ原文をお読みください。読んだあとで戻ってくると、ここで書いた「芯」や「生き直し」という言葉の手触りが、もう少しだけ具体的に感じられるはずです。

目次

研究の芯は消えない 届ける側に立って生きやすさを支える仕事

「専門を越えて活きる力:博士課程から製薬会社メディカルリエゾンへの挑戦」という文章には、キャリアの話でありながら、それ以上のものが静かに息づいている。
博士課程で研究に打ち込んだ経験が、研究室の外へ出たときにどう生き直されるのか。そこには、よくある“転身の成功談”として片づけてしまうにはもったいない、生き方の骨格がある。

オイラがまず受け取ったのは、この人は「勝ち方」を語りたいんじゃない、ということだった。
語っているのは、どうやって評価されたかではなく、どうやって“後悔”を遠ざけようとしてきたか。病気が人の生を狭めるとき、その狭さは本人だけでなく周囲にも波のように広がっていく。その現実を前にして、それでも誰かの生が少しでも生きやすいほうへ傾くように、自分の手をどこに置くか――その置き場所を探してきた歩みが、まっすぐに見えてくる。

この歩みのやさしさは、「夢」より先に「現実」を置くところにある。
研究で積み上げたものが、次の現場でそのまま“直接”は当てはまらないかもしれない。領域が変われば、学んだ名前も、扱う病態も、見える景色も変わる。そこを無理に綺麗につなげずに、いったんそのまま受け止める。
それでも残るものがある、と彼女は言う。残るものは、専門の看板ではなく、問いの扱い方、答えの組み立て方、相手に届く形へ整える態度、そしてうまくいかない日々を越えてきた人だけが持つ粘り強さだ、と。オイラはこの言い方に、現実から目を逸らさない強さと、自分の時間を裏切らない誠実さを感じた。

ここでオイラがぐっときたのは、彼女が「知識」の話をしながら、実はずっと「関係」の話をしていることだった。
医療従事者とやりとりをする。研究者や企業や行政とも話す。立場が違えば、同じ言葉でも意味が変わる。そのズレを放置せず、相手の背景を含めて受け取り、いま必要な形に組み直して返していく。
それは議論の勝ち負けじゃない。相手を言い負かすための論理でもない。
「正解のない問い」に対して、相手が前に進めるだけの納得を、一緒に作る。そういう種類の誠実さだ。そのために言葉と情報のズレを丁寧にほどき、正しい形に整えて返す。その“整える”が、彼女のいちばんの強さだと思う。

そして“届ける”という感覚の持ち方も、オイラは好きだった。
医薬品は、「研究ができた」で終わらない。つくる、確かめる、届ける、使われ方を見守る――その全部がつながって、はじめて人のところに届く。
彼女は、その長い道のりを「誰かの仕事」として遠くから眺めるんじゃなくて、自分の足で歩く側に立っている。
その姿勢は、派手さはないけれど、静かに強い。
「自分は何をしたいのか」を語るとき、彼女はいつも「誰が生きやすくなるのか」へ視線を戻す。そこに、芯がある。

オイラはこの歩みを追いながら、“専門を越える”という言葉以上に、“志が残る”という感じを受け取った。
どこに立っても、自分の中の大事なものを薄めずに、ちゃんと仕事の形へ落としていく。しかもそれが、気負いではなく、日々の手触りとして続いている。
だからこれは、誰かを励ますための言葉であると同時に、自分自身を裏切らないための選び方でもあるんだと思う。

オイラは彼女の歩みを知っている。
うまくいかない日々を越えてきたことも、簡単には言えない苦難があったことも、そこで投げやりにならずに、誠実さを手放さずにここまで来たことも。
だからこそ、今回綴られている歩みを見て、思った。
これは「立派に語れている」から尊いのではなく、彼女が積み上げてきたものの良さが、そのまま滲み出ているから、読んでいてほっとするのだ、と。
淡々としているのに温かい。現実を見ているのに希望がある。誰かのために働くということを、言葉だけで終わらせない。派手な正しさではなく、静かな正確さで人を守る。そういう人がいること自体が、現場の安心になる。
その歩みをこうして共有してくれたこと自体が、オイラにとって少しほっこりする出来事だった。

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