ZINEに綴じる ──刊行の辞 ZINE『トゥゥゥウウン!!』発刊に際して

ZINE『トゥゥゥウウン!!』の発刊に際して、「ZINEに綴じる」という文章を書きました。これは、オイラにとっての刊行の辞です。画面の中に残した言葉は、いつまでもそこにあるように見えます。けれども、サイトもSNSもクラウドも、管理する人や支払い、電力やサービスの仕組みに支えられています。それらが失われれば、そこにあったはずの言葉も、静かに消えてしまうかもしれません。だからこそ、ZINEに綴じる。紙にして、束ねて、モノとして残す。それは、過去を保存するためだけではなく、未来の誰かの現在において、もう一度TarCoon☆CarToonが開かれるための小さな祈りです。

その前に!ZINEって何?

ZINEは、個人や小規模なグループによって自由に作られる自主出版物です。元々は「Magazine(雑誌)」や「Fanzine(ファン雑誌)」の略語として誕生し、特定のテーマや興味に基づいて制作されます。

ZINEに綴じる ──刊行の辞 ZINE『トゥゥゥウウン!!』発刊に際して

ZINEに綴じるということは、言葉にかたちを与えることです。かたちを与えるとは、ただ保存することではありません。声にならず、記憶にとどまらず、画面の上を流れ去ってしまうものに、もう一度、場所と重さを与えることです。

オイラはいま、デジタルネイティブの時代を経て、AIネイティブが生まれゆく時代に立っています。情報はかつてなく速く生まれ、複製され、編集され、要約され、再生成されています。人間の思考も、記録も、感情も、言葉も、画面の中に置かれ、検索され、共有され、蓄積されているように見えます。しかし、情報が増えることは、記憶が確かに残ることと同じではありません。世界はたしかに情報化されました。けれども、国家や民族が消えてなくなる程、まだ情報化されていない。人間の声も、身体も、共同体も、記憶も、完全に画面の中へ吸い込まれたわけではありません。

ウェブサイト、SNS、クラウド、動画、画像、文章。あらゆるデジタルの記録は、サーバー、アカウント、規約、企業、管理者、支払い、電力、通信環境によって支えられています。それらの条件が失われたとき、そこにあったはずの言葉は、ある日、静かに消えてしまいます。永遠のように見えるものほど、実はきわめて脆い土台の上にあります。

TarCoon☆CarToonもまた、ただ一人の人間だけに還元されるものではありません。名前であり、記号であり、偶像であり、関係であり、思想であり、複数の人々のあいだに生じた出来事でもあります。ゆえに、語り継がれなければ消えてしまいます。思い出されなければ、呼び直されなければ、どこかで読み直されなければ、存在し続けることはできません。存在するとは、ただそこにあることではなく、誰かの現在において、もう一度、開かれることでもあるからです。

そのために、オイラはZINEに綴じます。

紙のZINEは、完全な保存媒体ではありません。紙は燃え、破れ、濡れ、変色し、劣化します。けれども、紙のZINEには、デジタルの記録とは異なる強さがあります。電源を要せず、特定の端末やサービスに依存せず、誰かの手元に残り、棚に置かれ、箱にしまわれ、古本として流れ、時を越えて偶然に発見されることがあります。ZINEは、情報を保管する容器であるだけではありません。情報に場所を与え、重さを与え、手触りを与え、受け渡しの可能性を与えるものです。

ZINEとは、大きな制度に支えられた書物ではなく、しばしば小さく、手作業に近く、個人や少数の関係から生まれる冊子です。けれども、小さいことは、価値が小さいことを意味しません。むしろZINEには、制度の大きな流れからこぼれ落ちる声、まだ名づけられていない感覚、公式の歴史には残りにくい生活の痕跡を、そのまま束ねる力があります。

このZINEは、単なる記録ではありません。消えていくはずだった言葉に、未来でもう一度、誰かと出会う機会を与えるためのものです。失われたと思われたものが、実はどこかに残されていた。そのような再発見のための、小さなタイムカプセルです。

TarCoon☆CarToonがZINEを残すことは、永遠を所有するためではありません。世界の摂理に勝つためでもありません。それは、消滅に対する儚いレジスタンスです。けれども、やるだけの価値はあります。あらゆるものが流れ去り、更新され、上書きされ、忘れられていく時代において、それでもなお、ここにあったものを、ここにあったものとして差し出す行為だからです。

AIによって言葉が生成され、情報が加工され、人間の表現がかつてなく容易に複製される時代において、問われるべきは情報の量ではありません。その言葉が、どのような生活の中で生まれ、どのような関係に支えられ、どのような願いによって残されたのかということです。言葉は、ただ意味を運ぶだけではありません。それを発した者の時代、身体、ためらい、誤り、希望をも、ともに運びます。

情報が人間から切り離され、言葉が誰のものでもないものとして流通していく時代だからこそ、オイラは、言葉の背後にあった人間をもう一度見つめ直したいのです。人間が何を見て、何を考え、何に迷い、何を恐れ、何を面白がり、何に傷つき、それでも何を未来へ手渡そうとしたのか。その痕跡をたどり直すこと。オイラはそれを、《人間の再発見》と呼びたいのです。

そのために、オイラは記録します。そして、その記録をZINEに綴じます。ZINEに綴じることは、情報を固定することではありません。未来の読者に向けて、もう一度開かれる可能性を残すことです。

TarCoon☆CarToonが書いたこと、考えたこと、試みたことは、完全な思想ではありません。すべてが正しいわけでも、美しいわけでも、整っているわけでもありません。しかし、それらは確かに、この時代に生きた人間たちの痕跡です。その時、誰かが見ていました。その時、誰かが考えていました。その時、誰かが残そうとしていました。このZINEは、その証しです。

いつか管理者がいなくなり、サイトが失われ、サーバーが止まり、検索結果から名前が遠ざかり、誰もTarCoon☆CarToonを語らなくなる日が来るかもしれません。それでも、どこかの棚に、箱に、机の引き出しに、この小さなZINEが残るかもしれません。そして、遠い未来の誰かが、それを開くかもしれません。そのとき、このZINEは、もう一度はじまります。

ZINEに綴じる。モノとして残す。それは、消えゆくものを未来へ差し出すことです。人間が人間であろうとした痕跡を、次の時代へ手渡すことです。そして願わくば、いつか誰かの現在において、TarCoon☆CarToonが希望のコンティニューとなりますように。ここに、トゥゥゥウウン!!という一語を遺します。

令和八年六月十日
西暦二〇二六年 皇紀二千六百八十六年

記す TarCoon☆CarToon(タークゥーン カートゥーン)

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