誰も母になりたがらなくなった。誰も子供を産まなくなった。結婚は個人の自由であり、母性は制度の呪縛になった。
“母になる”という言葉は、いつからこんなにも重く、寒々しい響きを帯びるようになったのだろう?
かつて「普通」とされた家族のかたちが解体され、「自分の人生を生きる」ことが当然になった時代。それでもなお、「母になりたい」と願うことは、どんな意味を持ちうるのか?
「性別」破壊党 機関紙への寄稿文「お母さんをやりたいのなら、自分で子供を産んでそれでやってくださいよ!」をもとに、本記事では「産まなくても母になる」という思想、「逃げ」と「選択」のあいだの揺らぎ、「母性を生きる」という倫理をTarCoon☆CarToonとして問い直す。
母とは、生まれた子を育てる人ではなく、誰かの未来に責任を引き受けようとする人の名前かもしれない。
制度や血縁ではなく、意志と関係によって立ち上がる“わたしなりの母性”のかたちを、オイラなりに描いてみた。
*本記事は、「性別」破壊党 機関紙への寄稿した文章の加筆修正版となります。
*本記事は、「性別」破壊党 機関紙内で、「ママになる—その言葉が呪いでなくなる日のために」というタイトルで寄稿しています。こちらの本もお読みください。
お母さんをやりたいのなら、自分で子供を産んでそれでやってくださいよ!
それは、たった一言で人を切り捨てる言葉だ。
言葉の刃のようにして振るわれるそのフレーズは、ときに関係を断ち切り、ときに生殖や血縁を唯一の正当性として持ち上げる。
1993年に放送された『機動戦士Vガンダム』の第42話で、主人公の少年ウッソ・エヴィンが口にした「お母さんをやりたいのなら、自分で子供を産んでそれでやってくださいよ!」は、まさにその典型だった。彼に歪んだ愛情を押しつける大人たちに対して、拒絶と怒りを込めて突き返された言葉。生殖の経験がなければ“母”にはなれないのだという、極端な線引きのための一言だった。
この台詞は、今なおインターネット上で引用され続けている。コンテクストは変わり、「母性を押し売りするキャラクター」や、「ママごっこ」に没入する空虚な言葉たちへのカウンターとして、あるいは、自己投影された“理想のママ”に寄りかかりすぎた人々への冷笑として。それはある意味、母性という名の欲望の濫用にブレーキをかける言葉として、繰り返し召喚されているのだろう。
けれど、オイラはこの言葉を、まったく別の意味で使いたいと思っている。
それは拒絶のためでも、否定のためでもなく、むしろ肯定と希望のために。
そしてこの言葉を、新たに生まれる雑誌の表紙に刻みたいと願っている。その誌面で最初に取り上げたい人物がいる。彼女の名は、阿部智恵さんという。
阿部智恵さんは、制度の外にこぼれ落ちそうな自分を拾い上げて、自らを作り直してきた人だ。
生まれたとき、医師に「男」と判定されたその身体に、社会は期待と役割を上乗せしていった。でもその期待に応えることだけでは、自分自身にたどり着けなかった。優等生として褒められること、部活で誰よりも努力すること、それらはすべて、言葉にならない違和感を覆い隠すための仮面だったのかもしれない。
高校を卒業し、仮面を脱ぐ決意をしたとき、彼女は「この性別は自分のものではない」と声に出した。外見も身体も名前も、生き方すらも自分で定義し直すことを選んだ。社会の側に用意された「正解」を拒み、自分の中から答えを取り出そうとしたその行為は、単なる性の移行ではない。性別の暴力性に対する抵抗であり、なによりも「私」を生きるための意思表示だった。
彼女の物語の核心には、ただ「女性になりたかった」というだけでは語れない、もっと深い願いがある。
それが、「お母さんになりたい」という言葉だった。
この願いを、オイラは最初、戸惑いとともに受け取った。
なぜなら「母になりたい」という言葉は、ときにその響きの甘さゆえに、自己憐憫や逃避の装置にもなり得るからだ。弱さの聖域としての“母性”は、しばしば女であることの確認作業や、社会的な免責として機能してしまう。演じることで肯定される“神聖なる母”の幻想。そこに逃げ込んでしまうことで、現実の関係性と向き合うことを避けてしまうような態度には、オイラは共感できないし、厳しく見ている。
もちろん、誰もがはじめから覚悟を決めて「母になりたい」と言えるわけじゃない。ときにその言葉は、傷ついた自分を守るために発せられ、ときに現実からの逃避として語られることもある。けれど、そうした迷いや曖昧さを経てなお、それでも「誰かを育みたい」と願うなら、そこにこそ本当の“選択”が宿るのだと思う。
だが、阿部さんは違った。
母になるということは、単に“女である”ことの延長ではない。
それは、他者の人生に責任を引き受けること。
その人がまだ未熟で、脆く、足元も覚束ないままに、これからの時間を生きていこうとするとき、その過程に付き添い、必要とあらば後ろから支え、時には先回りして地雷を踏んでおくこと。
そういう、「自分ではない誰かの未来」を生きようとする力、それこそが“母性”なのだと思う。
そしてオイラは、阿部智恵さんの生き方の中に、その力をはっきりと見ている。
彼女は、名古屋・錦三丁目の夜の街で、自分の名前で働き続けている。
キャバ嬢としての仕事は、ただ「接客する」「酒を出す」ことではない。言葉を交わすということは、ときに相手の孤独の形を知ることであり、ときに他人が自分に重ねてきた「理想像」の中から、そっと本音を拾い上げることでもある。実際、彼女が働くその場所で、何気ない対話の中に涙をこぼす人、笑顔を取り戻す人がいる。その時間を彼女は「疑似的な育み」と呼ぶことなく、現実の関係性として生きている。
そして同時に、彼女は生殖医療の知識を学び、未来の誰かの「家族」や「身体」に関わるための準備もしている。
科学という道と、歓楽街という現場。
それらが交わる場所にこそ、現代的な“母”の形があるのだと、オイラは思っている。
そもそも「母性」という言葉は、自然と社会のはざまに漂う、きわめて曖昧な概念だ。
それはかつて、女性の本質と結びつけられていた。「子を産む者こそ、育てる者である」という前提。しかし近代以降、母性は国家の装置ともなり、家父長制の構造の中で「良妻賢母」という役割へと押し込められてきた。そして現代、母性は再び商業化され、アイドルやVtuber、ドラマの中の登場人物にまで流用されていく。
この揺れ動く「母性」を、阿部智恵さんはひとつの地点で受け止めようとしている。それは、「選びとる母性」だ。
産んだかどうかではない。社会が許可するかどうかでもない。
自分がその責任を担いたいと、意志するかどうか。
それだけを、彼女は「母になる」ことの条件にしている。
この態度に、どれだけの人が答えられるだろうか。
だから、オイラは言葉を取り返したい。
「お母さんをやりたいのなら、自分で子供を産んでそれでやってくださいよ!」
その言葉は、ウッソの叫びだった。
けれど、それを反転させることでしか、生まれない未来がある。
血ではなく意志で、制度ではなく関係性で、人は“母”になれる。
その証明として、阿部智恵さんという人が、この世界に立っている。
その人が「母になりたい」と願うとき、
オイラは躊躇なく言いたい。
産んでも、産まなくても、
阿部智恵さん、オイラはあなたに、お母さんになってほしい。
そして、この言葉をタイトルにしたZINEをともにつくりたい。
かつて誰かの拒絶として投げつけられたこの言葉を、
いま、オイラたちの希望として手渡せるように。その言葉が、誰にも必要とされない未来を、
あなたとともに、生きていきたい。
(この記事は2025年5月28日に執筆したものです。)




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