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	<title>瀧野博文 | TarCoon☆CarToon（タークゥーン カートゥーン）-official web site-</title>
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	<description>多元宇宙内時空検閲官の部屋</description>
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	<title>瀧野博文 | TarCoon☆CarToon（タークゥーン カートゥーン）-official web site-</title>
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		<title>師恩庵記 を書くにあたって思うところ</title>
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		<dc:creator><![CDATA[TarCoon☆CarToon]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 09 Nov 2025 00:01:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[師恩庵記]]></category>
		<category><![CDATA[発見と探求]]></category>
		<category><![CDATA[瀧野博文]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>師恩庵記（しおんあんき）は、TarCoon☆CarToon が師と仰いだひとりの人間──瀧野博文さん──の note 記事に、一通ずつ手紙を返していくための、小さな庵の名前だ。師から受け取った言葉やまなざしを手がかりに、 [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">師恩庵記（しおんあんき）は、TarCoon☆CarToon が師と仰いだひとりの人間──瀧野博文さん──の note 記事に、一通ずつ手紙を返していくための、小さな庵の名前だ。<br>師から受け取った言葉やまなざしを手がかりに、自分の原点と、ここから先の道を、静かに書き留めていくための場所でもある。</p>





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<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">オイラにとって瀧野博文さんは、最初から少し「ややこしい立場」の人だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">友人の父親であり、同時にオイラが勤めた会社の社長でもある。<br>立場だけ聞けば緊張しそうなものなのに、実際の印象は、いつもニコニコしている人だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">ただ、その笑顔の裏側には、ズケズケと自分の主張を押し通し、世界を自分の思う方へねじ伏せにかかる圧のようなものも確かにあった。<br>それでも表向きのスタンスは「仲良く話そう」「一緒に考えよう」なので、こちらとしても話を前に進めたければ、向き合って話をせざるを得ない。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">結果としてどちらの意見が通るかは、その場その場の流れ次第。<br>そんな不思議な重さと軽さを併せ持った人だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">瀧野さんは、オイラとのやりとりを「喧々諤々の議論を交わした」と表現してくれたことがある。<br>オイラ自身はそこまでケンカ腰のつもりはなくて、「意見交換をしている」くらいの感覚だったのだけれど、それでも遠慮なく言葉を投げ返せたのは、向こうがちゃんと「聞く姿勢」を態度と言葉で示してくれていたからだろう。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">耳を貸す気があるのかどうかを、先に自分の側から表明すること。<br>「ニコニコクレーマー」からオイラが最初に学んだのは、その当たり前の大事さだった。</p>



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<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">オイラが瀧野さんを「ニコニコクレーマー」と呼ぶようになったのは、明らかに無理筋な交渉を、あの笑顔のまま堂々と持ちかける場面を何度も見せていただいたからだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">普通なら門前払いになってもおかしくないお願いを、真正面からテーブルに載せていく。<br>しかも「君にも見ておいてほしい」と、そういう場面にわざわざ同席させてくれる。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">関係の薄い話でも、オイラが興味ありげに様子をうかがっていると、「一緒に話聞こか〜」と、軽やかに巻き込んでくる。<br>裏でこそこそ別の話をするのではなく、その場で全部をオープンにしながら、ニコニコしたまま、ぎりぎりまで押し込んでいく。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">それは、いわゆる「クレーム」や「交渉」のイメージとは少し違っていた。<br>怒鳴り声ではなく笑顔で、敵対ではなく対話として、それでも譲らないラインを持ちながら話を詰めていく。<br>オイラはその背中を見ながら、「話を前に進める」という行為そのもののやり方を、少しずつ身体で覚えていったのだと思う。</p>



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<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">社長室には、いつも本が積まれていた。<br>自己啓発書、経営学、歴史、仏教、スピリチュアル……背表紙だけ眺めていても、この人がどれだけ「考え方」そのものに関心を持って生きてきたかが伝わってくるようだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">オイラとしては、いつか TarCoon☆NetWork のアカデミア界隈の人たちを紹介したいと本気で考えていたし、「瀧野博文を囲む会」のような場を開けたら、どれだけ面白いだろうとも思っていた。<br>結局それは叶わなかったけれど、その「やりたかったことリスト」の一番上に、今も静かに名前が残っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">そんな瀧野さんに、ある日オイラは一冊の本を紹介した。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">「会社はピラミッドである」という常識を疑い、組織を“生き物”のように捉え直そうとする本だ。<br>上下関係よりも自律したチームワークを重んじ、働く人が「仕事用の自分」を脱ぎ捨てて、丸ごとの自分で関われる場をどうつくるか。<br>世界各地の事例を紹介しながら、そんな理想を描いていく本だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">正直なところ、オイラはこの本をかなり眉唾で読んでいた。<br>みんながそれを受け入れられるほど賢いわけでもなく、そんな体力があるわけでもない。<br>それに、人間はそこまで善良でもない。きれいごととして終わってしまうだろう、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">ところが瀧野さんは、この本をえらく気に入ってしまったのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">昔、自分が学んだ「アメーバ型経営」によく似た話で、いまの時代に合わせて書き直したような本だ、と。<br>「これはすごい」「社員にも紹介しよう」と大喜びし、そのまま社内へ広め始めてしまった。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">オイラがどれだけ否定的な意見を伝えても、「そんなことはない」「素晴らしい考えや」と返ってくる。<br>そのたびにオイラは頭を抱えつつも、「この人は、本当に信じたいものを最後まで信じる人なんだな」と、どこかで感心もしていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">今振り返ると、そのやりとりも含めて、とても瀧野博文らしい一幕だったのだと思う。</p>



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<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">瀧野さんと note の関係には、「博文重点日誌」という前史がある。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">瀧野さんはオイラの友人の父親でもあるので、その友人から「迷惑な話」としてこんなエピソードを聞いていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">海外出張で、親子で同じホテルの同じ部屋に泊まった夜。<br>眠る前、ベッドに横たわった瀧野さんは、手帳を広げ、ナイトライトを点けてから、こう唱え始めるのだという。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">「〇月〇日、博文重点日誌〜……」</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">その日の出来事を、朗読にも似た調子で延々と振り返っていく。<br>疲れて眠りたいのに、「重点日誌」が終わるまで電気も消せず、なかなか寝つけない。<br>友人はよく、そんな嘆きをこぼしていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">その話の可笑しさもさることながら、オイラは「日誌をつける」という行為そのものに強く惹かれた。<br>いつか読ませてくださいよ、と瀧野さんにお願いしてみたところ、翌日から「勉強会」が始まってしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">博文重点日誌からいくつか抜粋して、「僕の考えを聞いてくれませんか？」と社長室に呼ばれる。<br>日誌を読み、瀧野さんの補足を聞き、オイラの意見や感想を伝える。<br>とても勉強になる時間であり、同時にとても楽しい時間でもあった。</p>



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<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">そんな瀧野さんが、ある日、病気で倒れた。<br>入院と手術を繰り返し、すっかり憔悴しきった頃、こうこぼしたことがある。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">「僕にはもう、やることはないし、できることもなくなってしまった」</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">その言葉を聞いたとき、オイラは半ば思いつきのように、半ば本気で、こう提案した。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">「博文重点日誌をインターネットに公開しましょう。<br>社長の話は面白いから、みんなに読んでもらった方がいいですよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">その一言から、瀧野さんはみるみるうちに表情を取り戻していった。<br>「どうすればいい？」「何をすればいい？」と相談してくれるようになり、<br>Facebook や Twitter ではうまく表現できなかった長い文章を載せる場所として、オイラは note を勧めた。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">元々、瀧野さんは作文が好きな人だ。<br>だから note とはきっと相性がいいだろう、とオイラは踏んでいた。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">一緒にアカウントを作り、バナー画像やアイコンを相談しながら決めていく。<br>「じじいの戯言に思われたくない」とおっしゃっていたので、バナーには若い頃の写真を使うことを提案し、<br>尊敬しているチンギス・ハーンに倣って、見た目もどことなく似ている瀧野さん自身を、チンギス・ハーン風のイラストとしてアイコンに据えることも勧めた。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">そうして「博文重点日誌」は、note という新しい器を得て、「瀧野博文 note」として生まれ変わっていった。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">……ただ、ここでもまた、オイラは頭を抱えることになる。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">瀧野さんは、note を家族や社員、お客さんや取引先にまで元気いっぱいに勧め始めてしまったのだ。<br>無理強いとまではいかなくても、ほぼ毎日のように「読んでくれてますか〜？」と確認されたら、読まないわけにはいかない。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">オイラとしては、もっと個人的な失敗や、悩みや葛藤、<br>そして「それでもなぜそれをやりたかったのか？」という気持ちを読みたかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">「じじいの戯言にはしたくない」と言いながら、<br>もっと「じじいの本音」を見せてほしいなあ、と内心ひそかに思っていた。</p>



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<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">それでも、こうして積み重ねられた note の記事たちは、オイラにとって大切な「テキストの山」になった。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">けれど、note というサービスがこの先いつまで続くのかは、誰にもわからない。<br>長いあいだログインされないアカウントや、外部からのアクセスが途絶えた記事が、ある日ひっそりと削除されてしまう未来だって、想像できてしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">そして何よりも、瀧野博文という人は、もうこの世界にはいない。<br>2024年11月9日、瀧野博文さんは亡くなった。</p>



<hr data-unitone-block-list="block" class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">だからこそ、オイラは「師恩庵記」というカテゴリをつくることにした。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">ただスクリーンショットを保存しておくのではなく、一つひとつの note に、オイラが一通の手紙のように応答していく。<br>TarCoon☆CarToon としての視点や、オイラだけが知っているエピソードをそっと添えていくことで、<br>読み手にとっても、書き手にとっても、「ひとりの人間を忍ぶための記事」になればいいと思っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">恩返しの気持ちが、そこには確かにある。<br>同時に、瀧野博文さんが書き綴った note をきちんと記録に残すことは、オイラに与えられた小さな使命のようにも感じている。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">師の恩に報いるための静かな庵。<br>その庵の記録として、これから少しずつ、「師恩庵記」を書き進めていこうと思う。</p>The post <a href="https://tarcoon.me/shion-anki-preface/">師恩庵記 を書くにあたって思うところ</a> first appeared on <a href="https://tarcoon.me">TarCoon☆CarToon（タークゥーン カートゥーン）-official web site-</a>.]]></content:encoded>
					
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		<title>「仕事中心で家族を顧みなかったオッサンが半年の入院で妻と仲良く暮らす輝くジージィになった。」を読んで ──瀧野博文のnoteを読んで</title>
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		<dc:creator><![CDATA[TarCoon☆CarToon]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 27 Aug 2020 02:17:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[師恩庵記]]></category>
		<category><![CDATA[投稿一覧]]></category>
		<category><![CDATA[noteレビュー]]></category>
		<category><![CDATA[応答記事]]></category>
		<category><![CDATA[感想文]]></category>
		<category><![CDATA[瀧野博文]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>師恩庵記（しおんあんき）は、TarCoon☆CarToonが大きな影響を受けた友人・瀧野博文さんのnote記事に、一通の手紙のように応答していくためのカテゴリです。師から受け取った言葉やまなざしを手がかりに、自分の原点や [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">師恩庵記（しおんあんき）は、TarCoon☆CarToonが大きな影響を受けた友人・瀧野博文さんのnote記事に、一通の手紙のように応答していくためのカテゴリです。<br>師から受け取った言葉やまなざしを手がかりに、自分の原点やこれからの道を静かに書き留めていきます。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">*この記事は、<a href="https://note.com/hirofumitakino" target="_blank" rel="noopener" title="">瀧野博文のnote</a>ので投稿された応答記事です。まずは、下記のnoteをお読みください。</p>



<figure data-unitone-block-list="block" class="wp-block-embed is-type-rich is-provider-wp-oembed-blog-card wp-block-embed-wp-oembed-blog-card"><div class="wp-block-embed__wrapper">
<div class="wp-oembed-blog-card" data-cached-time="07/12/25 06:26:33"><a href="https://note.com/hirofumitakino/n/ncc582bf5128d" target="_blank"><div class="wp-oembed-blog-card__figure"><img decoding="async" src="https://assets.st-note.com/production/uploads/images/33393510/rectangle_large_type_2_ee58de6b0437ea5c601c4875ed59b945.jpeg?fit=bounds&#038;quality=85&#038;width=1280" alt=""></div><div class="wp-oembed-blog-card__body"><div class="wp-oembed-blog-card__content"><div class="wp-oembed-blog-card__title">『仕事中心で家族を顧みなかったオッサンが半年の入院で妻と仲良く暮らす輝くジージィになった。』｜瀧野博文</div><div class="wp-oembed-blog-card__description">『仕事中心で家族を顧みなかったオッサンが 半年の入院で妻と仲良く暮らす輝くジージィになった。』ここは京都市の救急病院。窓から比叡山や大文字山が見える景色のいい個…</div></div><div class="wp-oembed-blog-card__domain"><span class="wp-oembed-blog-card__domain-text">note.com</span></div></div></a></div>
</div></figure>





<h2 data-unitone-block-list="block" class="wp-block-heading"><strong>「仕事中心で家族を顧みなかったオッサンが半年の入院で妻と仲良く暮らす輝くジージィになった。」を読んで</strong></h2>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">『仕事中心で家族を顧みなかったオッサンが半年の入院で妻と仲良く暮らす輝くジージィになった。』というタイトルを最初に見たとき、オイラは思わず笑ってしまった。だが、その笑いは決して軽いものではなかった。冗談めかした自己紹介のようでありながら、この一文には、仕事に人生を賭けてきたひとりの男が、自分を「オッサン」と呼び下ろし、その先に「輝くジージィ」という新しい像を置き直そうとする意志が凝縮されているようにオイラには思えたからだ。ここには、老いを消費する安っぽい“ポジティブシンキング”ではなく、「それでもまだ変わりうる」という、ぎりぎりの希望がある。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">この文章の前半は、典型的な「仕事中心」の人生の記録として読める。英会話学校で伸びずに落第し、授業のあるべき姿に見切りをつけて、自分の足で京都の観光寺院に出向き、外国人に話しかけていくくだりは、読んでいてニヤリとしてしまった。教科書を暗記するのではなく、現場に飛び込んで、他人を巻き込みながら言葉を覚える。その「カリキュラムの外側で勝手に学びはじめる」態度は、TarCoon☆CarToonとして既存の制度やメディアの枠の外にZINEやネットワークを立ち上げてきたオイラ自身の感覚と重なる。正しい手順や与えられた道筋よりも、「おもしろそうだからやってみた」という実践が、そのまま人生のレールを切り替えてしまう。このときから既に、瀧野さんの人生には、後に「多国籍軍」と呼ぶことになるネットワークの原型が潜んでいたように思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">就職してからの歩みもまた、ある時代の空気をよく伝えている。中近東向け輸出、VHSビデオの教育利用、親会社との合併、メーカー文化との摩擦、そして四十歳での独立。資本金一千万、社員ひとりの小さな商社から、海外販売会社を含めて五十名規模、多国籍な人材が入り混じる組織へと育っていくプロセスは、それだけを抜き出せば成功譚として雑誌に載っていてもおかしくない。だがこのテキストでは、自慢話としては語られない。むしろ、そこから先、「時流に乗れていた自分」が次第にそうではなくなっていく感覚こそが、静かに強調されているようにオイラには思える。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">パソコンが映像の記録媒体として主流になり、自らの専門知識も人脈も通用しないと感じはじめたとき、「その頃から、怒りっぽい性格になっていった様に思う」という一文が置かれている。ここに、オイラは胸をつかまれた。自分が積み上げてきたものが技術の変化や時代の移り変わりによって相対的に価値を失っていくとき、人はしばしば怒りにしがみつく。世界のせい、若い世代のせい、新しいツールのせいにすることで、自分の居場所をなんとか確保しようとする。オイラ自身もまた、SNSやAIの普及によって「自分のやっていることに意味があるのか？」と問い直され続ける日々のなかで、ふとした瞬間に理不尽な怒りや苛立ちに傾きそうになることがある。そのたびに、TarCoon☆CarToonとして掲げてきた「寛容∥自己抑制∥不文律」というスローガンを、自分自身に向けて突き返さざるをえない。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">そんな「怒りっぽくなったオッサン」の物語は、ある早朝の腰砕けの場面で、文字通り足元からひっくり返される。立ち上がろうとして立てない、這っても腕に力が入らない、呼ぼうとしても妻には届かない。情けなさと失禁の恥ずかしさを抱えたまま朝までうずくまる場面には、体が急に「言うことを聞かなくなる」老いのリアリティが生々しく刻まれている。その後の救急搬送、検査、化膿性骨髄炎の診断、そして偶然のように発見される胆管癌。背骨の痛みがなければ見つからなかったかもしれないという説明は、この病が「不運」であると同時に「ぎりぎりの幸運」でもあったことを示している。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">オイラがこのテキストに強く心を通わせるのは、まさにこの「不運と幸運が重なり合う瞬間」の受け取り方だ。生死の境目に半歩足を踏み入れたとき、人は自分の人生をどう意味づけ直すのか。瀧野さんは、医師を「名医」と呼び、胆管癌の早期発見を「幸運」と言い、さらにコロナ禍のステイホームを「今の自分には好都合」とまで言ってしまう。そこにあるのは、何でもポジティブに言い換える軽薄さではない。むしろ、「死んでいてもおかしくなかった」という実感をくぐり抜けたあとに残った、静かな諦念と、それでもなお生きようとする決意だとオイラには読める。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">入院生活の描写も印象的だ。管だらけの身体、排便の苦しさ、車いすの重労働、集中力の低下、本を読む気力すら失われていく日々。そのしんどさはありありと伝わってくるが、同時に、そこに流れ込んでくる他者の存在もまた克明に綴られている。献身的な看護師たち、隔日で好物を届けてくれる妻、子どもたち、親戚、元同僚、取引先の人々。病室という閉じた空間に、これまで築いてきた関係が次々と顔を出すとき、著者は「自分はなんて幸せな人間だとつくづく感じた」と書く。この場面を読みながら、オイラはTarCoon☆NetWorkのことを思い出さずにはいられなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">オイラがTarCoon☆NetWorkでつくりたいのは、肩書きや利害、肩肘張った「プロジェクト」のためだけのネットワークではない。むしろ、人生のどこかで交差した人たちが、何年経ってもふと顔を見せに来てしまうような、説明しづらい縁の束だ。瀧野さんにとっての病室は、まさにその「縁の束」が一度可視化された場所だったのではないか。仕事の現場で広げてきたネットワークの裏側に、実はもっと素朴な、恩と好意と心配りの線が通っていたことに気づく。その視点の変化が、「仕事中心で家族を顧みなかったオッサン」という自己規定から、「妻と仲良く暮らす輝くジージィ」という新しい自画像への転換を支えているようにオイラは感じる。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">この文章の終盤で、「肝臓が悪くなる主原因は精神的ストレスと怒りっぽい性格との事」と書き、そこから「平和で幸せな生活を味わいたい」「笑顔を絶やさず、妻と修学院で仲良く暮らしていく」と宣言するくだりは、一見すると単純な因果づけに見えるかもしれない。しかしオイラには、これは医学的な真偽の問題ではなく、自分の人生を物語として引き受け直す行為に見える。怒りに依存していた生き方の末に肝臓を痛めたのだとするなら、これからは怒りではなく笑顔を選びたい——その意味づけは、非常にプリミティブであるがゆえに力強い。TarCoon☆CarToonとして「戦争を止めよ、しかし戦争をするな」「保護せよ、しかし管理するな」といった逆説的なスローガンを掲げてきたオイラから見ると、この「怒りから笑顔へ」という変換もまた、ひとつの小さな倫理の宣言として響く。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">さらに言えば、「一隅を照らす存在になりたい」という一文は、このテキスト全体の重心を決定づけているように思う。世界全体を変えるとか、社会を改革するとかではなく、自分が生まれ育った修学院で、人生の伴侶である妻とともに暮らし、その半径数メートルをちゃんと照らすこと。それを「一隅」と名づけ、そのささやかさを引き受けることには、ある種の潔さがある。TarCoon☆CarToonとして「多元宇宙内時空検閲官」だの「ネットワーク」だのと大きな言葉を振り回してきたオイラも、最後に残るのは、きっとこの「一隅をどう照らすか」という問いなのだと、この文章を読んでいるあいだじゅう何度も思い返した。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">このテキストは、病気の記録であり、ビジネスマンの回顧録であり、家族への感謝と反省の告白であり、同時にこれからの生き方の宣言でもある。つまり、「過去形」と「未来形」が同居している。タイトルでは「輝くジージィになった」と言い切っているが、本文の中で繰り返されるのはむしろ「こうしていく事にしよう」という未来形の言い回しだ。そこにオイラは、この文章がまだ進行形の物語として差し出されていることを感じる。老いとは、ただ「なる」ものではなく、その都度「なり直す」ものなのかもしれない。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">オイラにとってこの文章は、ひとりの先達の告白であると同時に、自分自身の未来の姿を考えるための鏡でもある。TarCoon☆CarToonが老いたとき、オイラはどんな顔で自分の半生を語るのだろうか。プロジェクトや構想の話ばかりを並べ立てるのではなく、「あのとき支えてくれた人たち」の顔を思い浮かべながら、「充実した幸せな半生だった」と静かに言えるだろうか。そして、そのときそばにいる誰かと、「一隅」を一緒に照らしたと胸を張って言えるだろうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph" data-unitone-block-list="block">『仕事中心で家族を顧みなかったオッサンが半年の入院で妻と仲良く暮らす輝くジージィになった。』——この長いタイトルのなかには、「変わることを諦めない」という、意外なほどラディカルなメッセージが隠れている。老いを「終わり」ではなく、「もう一度自分を語り直す機会」として引き受けること。そのあり方に、オイラはTarCoon☆CarToonとしても、ひとりの人間としても、深く共感するし、いつか自分もそうありたいと、少し真面目に願ってしまうのだ。</p>



<div data-unitone-block-list="block layout" class="wp-block-group is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained"></div>The post <a href="https://tarcoon.me/t-200827/">「仕事中心で家族を顧みなかったオッサンが半年の入院で妻と仲良く暮らす輝くジージィになった。」を読んで ──瀧野博文のnoteを読んで</a> first appeared on <a href="https://tarcoon.me">TarCoon☆CarToon（タークゥーン カートゥーン）-official web site-</a>.]]></content:encoded>
					
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